子供歌舞伎に曳山曳揃え!「お旅まつり」を楽しもう
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- 46,508
- 公開日
- 2023.03.15
「お旅まつり」は小松市で毎年5月に行われている、莵橋神社(うはしじんじゃ)と本折日吉神社(もとおりひよしじんじゃ)の春季例大祭。
曳山で子供たちが熱演する「子供歌舞伎」やライトアップされて黄金色に輝く「曳山曳揃え」で知られており、イベントも多数開催されるなど、毎年多くの観光客でにぎわいます。
★2026年(令和8年)お旅まつり日程 決定!★
日 程:2026年5月8日(金)、9日(土)、10日(日)
曳山曳揃え:2026年5月9日(土) 細工町交差点
上演町:
【寺町】伽羅先代萩 政岡忠義之段(めいぼくせんだいはぎ まさおかちゅうぎのだん)
【八日市町】旅衣小松緑弥栄 義太夫 勧進帳(たびごろもこまつのみどりはいやさかえ ぎだゆう かんじんちょう)
その他、詳細が決まり次第、更新予定。
2026年(令和8年)上演町
【寺町】
芸題「伽羅先代萩 政岡忠義之段(めいぼくせんだいはぎ まさおかちゅうぎのだん) 」
【あらすじ】
御殿に潜むお家を乗っ取る敵方からの毒殺を避けるため幼君鶴千代を一子千松と共に守る政岡は自ら風炉釜で炊くごはんを二人に食べさせていたある日管領からのお見舞いと称して菓子箱を持って栄御前が現れ八汐と共に、鶴千代に食べろと催促してきます。その時奥に隠れていた千松が日頃の母の言いつけを守りその菓子ほしいと言って一口食べ悶え苦しみ菓子箱を蹴散らかします。それを見た八汐は毒殺がばれる事を恐れ千松を捕まえ短刀を首に立て、政岡に子供を殺されても悔しくないかと問うが政岡は顔色一つ変えず幼君鶴千代を守ります。それを見た栄御前は我が子と幼君を取替幼君を見殺したと勘違いし、敵方の連判の巻物を政岡に預け帰ります。一人になった政岡は亡くなった千松に取り付き「ようやった」と嘆き悲しみに暮れます。それを見ていた八汐が・・・・。
【配役】
政岡(まさおか) :村尾 苺香
鶴千代(つるちよ) :長野 莉子
千松(せんまつ) :結城 ここ
沖の井(おきのい) :上村 夏希
栄御前(さかえごぜん):森 葉南
八汐(やしお) :内海 里穂
振 付:市川 団四郎、市松 与紫也
義太夫:竹本 越孝、竹本 倭昇
三味線:福光 築山、大幡 築悠
【八日市町 】
芸題「旅衣小松緑弥栄 義太夫 勧進帳(たびごろもこまつのみどりはいやさかえ ぎだゆう かんじんちょう)」
【あらすじ】
鎌倉幕府将軍である兄・源頼朝に謀反の疑いをかけられた義経たちは、追われる身となり奥州へ向かっていた。道中の加賀の国・安宅の関で、義経は武蔵坊弁慶と山伏の姿で通り抜けようとするが、関守の冨樫左衛門には山伏姿の義経たちをとらえるよう命令が下されていた。そこで武蔵坊弁慶は機転を利かせて、焼失した東大寺を再建するため勧進を行っているのだと話す。すると富樫は、弁慶に勧進帳を読むように命じるのだった。
もちろん勧進帳など持っていない弁慶は、たまたま持っていた巻物を勧進帳であるかのように装い、朗々と読み上げる。その後も山伏を演じきり、関所を通る許しを得る。
しかし、ふとしたことから剛力が義経ではないかと疑われてしまった。緊迫した状況の中、弁慶は義経をどこまでも剛力として扱い、杖で打ち据える。それを見た富樫は、頼朝の命を破り、弁慶と義経を通してやるのだった。
【配役】
武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい):鵜川 喜丞
源 義経(みなもとのよしつね) :吉田 一禾※『吉』は旧字の土の下に口
亀井六郎(かめいろくろう) :大杉 柚羽
番卒軍内(ばんそつぐんない) :鵜川 愉吉
番卒権内(ばんそつごんない) :大杉 依愛
富樫左衛門(とがしのさえもん) :松林 琉美菜
振 付:千川 貴楽
義太夫:茶谷 土茂樹、石田 土茂龍
三味線:鶴澤 友瓔、土田 加寿美
2026年(令和8年)曳山曳揃え
日 時:5月9日(土) 15:00~20:00
場 所:細工町交差点
スケジュール:
《昼の部》
15:00~ 第一部開演 オープニング
15:30~ 寺町 上演
16:30~ 八日市町 上演
《夜の部》
18:00~ 第二部開演 寺町 上演
19:00~ 八日市町 上演
20:00~ 曳山退場
絢爛豪華!「曳山曳揃え」のクライマックスは必見!
お旅まつりの一日だけ各町の曳山がダイナミックに移動し、一堂に揃う「曳山曳揃え」。
漆や⾦箔などで装飾された絢爛豪華な曳⼭がライトアップされる姿は息を呑む美しさ。黄金色に輝く曳山を舞台に演じられる子供歌舞伎は、まさに圧巻です。
2026年(令和8年)曳山子供歌舞伎上演スケジュール&会場・交通案内図
詳細が決まり次第、随時更新予定。
「お旅まつり」の名前の由来「お旅」ってどういう意味!?
「お旅まつり」は、1640年頃に莵橋神社と本折日吉神社の神輿が巡行の際、加賀前田家三代前田利常が隠居した小松城門前へ赴き、藩主前田家の平穏と武人としての命運が長く続くことを祈願し、それぞれの御旅所(おたびしょ)や氏子の住む各町を渡御(とぎょ)して回ったことが始まりとされています。神輿が氏子町内を練り歩くことを「旅する」と言ったことから「お旅まつり」と呼ばれるようになりました。
「お旅まつり」に重要な曳山の歴史
「曳山子供歌舞伎」の舞台となる曳山は、1766年に近江長浜の曳山を模して造られたといわれています。最初は簡単な移動式舞台のようなものでしたが、1776年に、長浜(現滋賀県長浜市)の古い曳山を買い受けることになり、小松の大工たちによって改良され、原形をとどめないほど小松独自の形に仕上げられました。
こうしてできた曳山が松任町の高楼式のものだとされ、他の町でも次々と高楼式の曳山が造られるようになり、ついに曳山は10基に。残念なことに、二度にわたる昭和の大火により松任町と東町のものは焼失し、現在は8基となっています。
現存する8基の曳山は小松市指定文化財、お旅まつりの曳山行事は石川県の無形民俗文化財に指定されています。
橋北と橋南を超えた「曳山八基曳揃え」
旧小松町を東西に流れる九龍橋川を境に、北側は「橋北」、南側は「橋南」と呼ばれます。これは、かつて九龍橋川が城下町の東辺を南北に流れる新町堀とともに、城を中心とした城下町を囲い防御する「惣構」だったことから、大きく「城内」と「城外」を分ける境界であったと考えられています。
川の北側には「莵橋神社」、南側には「本折日吉神社」があるので、両社の祭礼範囲も川を越えないかたちで催行されていましたが、市制50周年の1990年に九龍橋川の川沿いにある京町交差点で初めて曳山が八基曳き揃い、その後も川を越えて小松駅や細工町交差点などで曳揃えが行われています。
各町の曳山を紹介します!
小松にある曳山を紹介。それぞれの個性的なデザインを見比べてみましょう!
- 材木町
- 江戸後期の九谷焼の名工・栗生屋源右衛門が描いた15枚もの花鳥図が格天井に組み込まれています。1990年に大修理を行い、組み物にも金箔が施されました。
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- 西町
- 1790年に、加賀藩の名匠・山上善右衛門の流れを組む大工の棟梁・藤山清九郎が建造したことが、曳山土蔵から発見された棟札で確認されています。唐門式の風格ある様式美が見事な曳山です。
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- 京町
- 1792年建造。大正初年には京町出身の彫刻家・村上鉄堂の作品が、1959年には鉄堂の高弟で同じく京町出身の吉田楳堂の作品が「見送り」や「むしこ」の彫刻に加えられました。
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- 龍助町
- 二重屋根で四隅には龍の彫刻、天井には九谷焼の名工・松本佐吉による龍の墨絵が描かれています。螺鈿の部分は輪島塗の人間国宝・前史雄により塗り直され、2012年には雲板が修繕され、華やかな姿がよみがえりました。
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- 中町
- 1798年頃に建造されたと伝えられています。屋根下の組み物が極彩色で美しく、柱は青貝入りの研ぎ出しと、豪華。全体的に均衡がとれていて、実に優美で、見事な曳山です。
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- 寺町
- 1798年頃の建造で江戸時代の末に大聖寺藩主から賜った唐銅宝鐸が屋根の四隅に飾られています。天井には、寺町出身の名工・北市屋平吉による鳳凰図が描かれた工夫と趣向が凝らされている曳山です。
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- 大文字町
- 那谷寺造営に当たった加賀藩の名匠・山上善右衛門の流れを組む工人達が建造し、那谷寺本殿を再現したといわれています。床場と見送りの開き扉に施された、牡丹に唐獅子の彫刻は実に見事。
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- 八日市町
- 那谷寺の鐘楼をかたどった唐門式の二重屋根構造で、破風の扇垂木も特色があります。天井には九谷焼作家・北村隆によって四神が描かれ、薬師寺管主による日月の文字があります。
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「御神輿」も見どころ!千載一遇のチャンスに出会えるかも
両社の神輿は江戸時代から伝わるもので、共に小松市指定文化財になっています。
莵橋神社の御神輿は、祭り期間中の日曜日に氏子町内を渡御。本折日吉神社は、土曜日と日曜日の両日、御神輿と獅子舞が氏子町内を回ります。
両神輿が出会うことは本来ありませんが、唯一の接点が細工町交差点。ここは橋北と橋南をつなぐ交差点になっており、何年かに一度、日曜日のお昼頃に両神輿に出会えるかもしれないポイントです。
また、御神輿が休んでいるときに赤ちゃんをちょこんと乗せると「元気に育つ」とも言われているので、機会を見つけたらぜひ声をかけてみてください。
祭りを盛り上げる「獅子舞」
「お旅まつり」では、氏子各町から子供獅子が出ます。基本的に曳山子供歌舞伎の役者は女の子で、男の子が子供獅子として祭りを盛り上げます。各町により多少形態は違いますが、中学3年生が獅子舞の一切を取り仕切る世話役となり、小学校低学年が綱引き、小学4年生~中学1年生までが笛、中学生が太鼓、中学2~3年生が舞いを受け持ち、1ヵ月程前から稽古を重ねます。
龍助町では、子供獅子だけでなく大人が演舞する大獅子も舞います。獅子頭は、1801年に製作された現役では最も古いもの。
獅子に出会った際は、獅子に頭を噛んでもらうと「1年間息災に暮らせる」などのいわれがあり魔除けになると言われています。
お旅まつりの華「曳山子供歌舞伎」
江⼾時代から続く⼩松の⼦供歌舞伎は日本三大子供歌舞伎のひとつに数えられており、伝統を受け継ぐ8町のうち毎年2町が持ち回りで子供歌舞伎を上演します。
懸命な稽古の成果を結実させたハイレベルな演技は子供の芝居だろうと侮れないレベルの高さで、見物客からは歓声が上がります。
アクセスマップ
- 小松駅
- こまつ曳山交流館 みよっさ
- 細工町交差点
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